『しあわせ眼鏡』をかけてみたら -2- 幸福とはなにか

2020年11月19日更新


『しあわせ眼鏡』の目次をみて

そのときどきの気持ちで1つ

選んでいこうと思います。

 

 

今回がはじめてなので、まずは1つ目から。

『幸福とはなにか』

では、要約からまいります。

 

 

********

『幸福とはなにか』

 

 

今回の話は、生まれながらに不幸

な話ではなく、少し身近な話。

 

 

不登校になった高校生の息子を

もつ父親が、子供の幸福を願っ

かえって不幸に追い込むような

ことをしている話である。

 

 

父親の目には、学校に行かずに

昼夜逆転の生活をしている高校生

の息子が、怠けているように見え

けしからんと嘆いている。

 

 

中学卒のため学歴がないことで

大いに苦労したけども、自営の

仕事で成功をおさめた父親。

 

 

息子には自分と同じ苦労をさせずに

幸せになってほしい。大学の学歴を

つけてやりたい。

 

 

そんな願いで、息子が小学校の頃から

家庭教師をつけるなどした。

 

 

話をよく聞くと、息子は自分の

意思にお構いなく勉強されられていた。

 

 

息子は怠けているわけではなく

登校しなくてはと思っていた。

 

  

子どものときに苦労することは

必要かもしれないが、人間にとって

自分の意思を無視して押し付けられ

ることは、一番の苦痛ではなかろうか。

 

 

子どものほんとうの「しあわせ」を

自分はお金をかけて、努力して

奪おうとしていることが

『しあわせ眼鏡』をかけると

よく見えたりすると

ほんとうに便利なのだが。

 

 

この父親のように、われわれは

これまでのような単純な幸福感に

立つのではなく、『しあわせ眼鏡』を

手に入れて、ものごとをもう一

見直してみることが必要なのだろう。

 

******要約終わり

 

 

  ●。・。

 

 

自分のことをふりかえってみました。

 

 

ぼくの父親も自分の価値観を

息子に押し付けるところが少々

ありました。

 

 

ぼくはそれが苦痛で、父親に対して

穏やかではありませんでした。

 

 

ぼくの対処法は、とにかく父親の

関与できない遠くの大学に行くこと。

 

 

商業高校卒の父親は、大学進学を

望んでいたので、そのレールの上で

できるだけ遠く離れることにしました。

 

 

結果、浪人という結果に。

 

 

サロンパスを背中いっぱいに貼って

異様なにおいを発しながら

社会的にはどこにも属していないような

1年間の受験勉強。さらなる苦痛を味わうのでした。

 

 

母親も高卒でしたが、勉強したくないなら

中途半端に大学にいかずに

働きなさいという真っ当なタイプ。

 

 

自立心旺盛なら働くという

選択肢もあったと思いますが

そこまでではありませんでした。

大学に行きたい理由を絞り出していました。

 

 

その次の年も遠くの大学へせっせと受験。

岩国から名古屋へと向かうのでした。

 

 

高校生の時、『しあわせ眼鏡』を

父親の前にそっと置く余裕があったら

ぼくの向かう先は変わっていたでしょう。

 

 

そして、今、父親となったぼくは

『しあわせ眼鏡』を携帯しておかねばと

思うのでした。